建築探訪

2008年11月18日 (火)

犬島にいってきました

犬島アートプロジェクト精錬所を見に行ってきました。

近いっcoldsweats01 港を出て五分、チャーター船ということもありましたが、運行便でも宝伝港より15分で到着します。

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チャーターだったので周遊クルーズ付となり、海からの精錬所見学は、なかなか見ごたえがありました。こんな事ならいいカメラを持っていくのだった。中に入るとほとんど撮影禁止と聞いていたもので

081118_02 港の横にある真っ黒な建物、そこが受付。焼杉板の外壁に「INUJIMA」のサインが光ってます。なぜかJIが長い。内部は洗練された空間、ギャラリーと、まつり寿司(予約制で数限定)の食べられるカフェなどあります。

精錬所の見学はすべて予約制。あいているから入れてということはできないようです。人数制限もあり私達は二班に分けられ、アート系の青年とおんとし70歳代の生まれも育ちも犬島のおばあちゃんの二人が案内してくれました。

私はおばあちゃん案内人組で、残念と思ったのですが(建築のこと色々と聞きたいし)、ところがどっこい、なんとも味のある解説と、70年の犬島生活はダテではなかった。島の名前の由来から(名付け親は菅原道真公)、小さい頃精錬所跡地で遊んだ記憶、今は危険で見学できない場所もおばあちゃんは何でも知っている。

081118_05精錬所は銅を作っていたそうで、その時に発生する鉄とガラスがまざった生成物=スラグを、暑いうちに型に流し込みブロック状にして、レンガとして構造物に使用していた経緯があります。これをからみレンガといいます。(右写真は、カラミレンガを利用した床)これらのカラミレンガと犬島で産出されている花崗岩が多く使用されています。新しい建築でありながら、違和感なく安心感さえ漂います。

精錬所は建物が、現代アートと一体化しており、一部は迷路。暗いところもあり、とても案内人なしでは、また、三分一氏の建築は環境が重要視されており、建物?も半分地中状態で、非常にシンプルでありながら複雑な高低差と流れがあり、レンガの煙突を利用した・・・ここからは内緒にしておきましょう。実際行ってみたほうが楽しいです。

081118_03 また、ここには空調設備がなく、煙突を利用した風でコントロールしています。なので、もし管理者がいなくなった未来でも、島に残る70歳の語れるおばあちゃんが一人いれば、精錬所は開くことができる(笑)。すごいことです

そして、時々定期船で、小豆島のオリーブサイダーを運べばOK

私の頭の中では、上陸前からずっと「西部警察」のテーマ音楽が流れていました。煙突一個爆破の上、なんたって大門死すの舞台ですから、ファンにはたまらないところです coldsweats01

舟が来る間、海岸を歩いてみました。砂が黒い。これは精錬所のスラグなのだそうです。(島の反対側の浜辺はそんなことはなかったけど) 島に雑貨店が二軒、缶コーヒーは130円でした。そんなのんびりした犬島でした。

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2008年7月 9日 (水)

真狩村のマッカリーナ

テレビでサミットのニュースを見ていたら、懐かしい映像が、ファーストレディの皆さんがお食事をしているのは、真狩村のマッカリーナではありませんか

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2003年に北海道に会社の旅行で行ったのですが、その時、段取りをしてくれていたバス会社の営業Hさんが、行きたいところありますか?というので、

 (真狩村の)マッカリーナ!!

とお願いしました。このマッカリーナ、設計が内藤廣氏。どうしても見たかった建築でした。そのコンセプトもすばらしかったけど、北海道なんてそういけないし、ましてや真狩村など・・・真狩村の方すみません

Maca_03 私達が食事したのは、↑上の建物でした。とにかく建物の屋根が美しくてホレボレと見ました。ボリュームが大きくもなく小さくも無く、うまく環境に溶け込んでいて、旅行から帰ってからも建築士の友人達に、自慢していました。

食事がまためちゃめちゃおいしくて、メインはお肉でしたが、他は地元で取れる野菜、これがまたうまいうまい。女性が4人いたのですが、大絶賛。旅行中、ずっと大絶賛。おじさんたちは、物足りなさそうで、それも真狩村はなにもないとか言うので、何も無いのが贅沢なのだと・・・言うだけ無駄ですね、はい。

おそらくファーストレディのみなさんは、こちらのゲスト用の別棟なんだと思います

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Maca_07 何も無いことはなかったです、真狩村出身細川たかしの銅像が、町の中心部?に立っていました。さらに音楽も流れますcoldsweats01 これは未だに話題にされます 

真狩村の中心部?は大自然のど真ん中、いまじゃこんな小川を岡山で見ることはないですね。ほとんど護岸積まれてしまいますものね。白アスパラの季節だったので、宅配で送ったりする人もいました。生の白アスパラは岡山では手に入らないらしく。

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思い出したので、写真をひっぱりだしてみました。もし、北海道にいかれることがあれば、ぜひ真狩村のマッカリーナ、お勧めです。あんなおいしい野菜は食べたことがありません。ごちそうです。

Maca_04 しばらく、大変な人気レストランとなるのでしょうが・・・私達、団体で食事したのに、もはや無理でしょうか。

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2008年5月16日 (金)

GW建築めぐり佐世保編②

  一度は見てみたい建築、第一工房白井晟一氏設計の、親和銀行本店コンピューター棟

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ウィキペディア 昔読んだ建築の冊子に最高傑作と書かれていて、一度は見たいと思っていた親和銀行です。実際見るとその迫力に圧倒されます。白井晟一氏は私が建築を目指す頃には亡くなっていたので、その存在すら知らなかったのですが、ある時何かの雑誌で、最近の若者は白井晟一も第一工房の名すら知らないと嘆いていた記事を読んでからは、見たいと思うようになったのですが、なかなか見る機会がなかったのです。

071 私などはただのミーハーなので、語るようなことはありませんが、今尚、白井ファンが存在しているのも確かです。若い建築家達にもぜひ見てもらいたい建築です。

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とはいっても、このコンピューター棟は別格らしいですけれどもね。ちなみに、事前に申し込めば案内していただけます。

076入口は3階分くらいの吹抜になっています。石張で、かなりのボリュームと細部の加工。見事としか言い様がありません。

モダニズムよなぁ~(といいながら、私がモダニズムを理解しているかというと怪しいです、笑)。

何もかもがすごくて、右へ左へ1人はしゃいでしまいました(反省)。

コンピューター棟の左隣が本店の店舗で商店街に面しています。その本店側はいたって静かに商店街に向いているのに対し、このコンピューター棟は、市街地のど真ん中に突然出没する感じで、言い方は間違っているかもしませんが、佐世保の港を歩いていたら空母に出くわしたような、そんな堂々たる風格があります。圧倒されます。

075 側面の窓です。かっこいい、どうやったら、こんな窓つけられるのでしょう。

073 →基礎部分です、このスカートはもちろん飾りなのですが、こんなディテールがあっちこっちにあります。

074_2扉の握手部分が、ドアの真ん中にあります。使いづらいはずです。きっと、いや間違いなく。

で、その本店店舗側は、まったく違う表情をみせています。というか、商店街になじんでいます。 078_2

1階の天井高は結構低いです。エントランスの床壁天井は石張りになっています。081 左の写真は、ATMコーナー入口上部の時計です。

夜間金庫のところも円形の枠がついていたりして、非常に凝っています。

079天井の部分にみえる小さな穴には照明が入っています。石加工の巾木部分、廻縁は底目、ディテールはいくつも出てきます。

080そのダウンライトは、枠がなく、天井石盤を加工して穴から照明がのぞいているように見えます。

この天井の石の張り方(並べ方)を見て思ったのは、一枚の板に三箇所も穴をあけると強度的に非常に厳しいものがあると思うので、一枚に1ヶ所あけるようにするとこの並びしかなかったのかも・・・。

佐世保に来てよかった、、、今度は申し込んで中も見せていただこう。GW建築めぐり終了です。結構建築を見ました。まだいくらか見落とした建築もありますし、じっくり見たい建築もあります。五島列島も行きたい。ぜひ何かの機会に訪れたい、そんな長崎でした。

案内してくれた友人に感謝confident

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GW建築めぐり佐世保編①

佐世保滞在約2時間でした。まず佐世保新みなとターミナル、市街地にある親和銀行のコンピューター棟、斜め向かいの?佐世保市博物館 島瀬美術センター、そして佐世保バーガー

佐世保港 ポートルネッサンス21計画の新みなとターミナルへ、なんですけど、友人と待ち合わせをしていたら、うっかり外観の写真を撮り忘れたので、上のリンクでどうぞ。

設計は北川原温氏です。もっと海側に元々のターミナルがあったのですが、手狭になったため、建築されたと聞きました。中は、ちょっと懲りすぎのイメージがありますが、屋上が緑化されており、港も一望でき、これは楽しい。このデッキがまた良いですよねぇ~、現場の人はそーとーブツブツいったと思うけど、手スリ曲がった辺り

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087 待合です。入口はアールがあったり、ごちゃごちゃしていて、本当に北川原さんなのだろうかと・・・失礼か。岡山の津山リージョンセンターは時々講習会などで行くのですが、凝り度が違うというか、担当者が違うのでしょうか、よくわかりませんが。

駐車場が併設されており、パネル部分とルーバー部分との組合せが楽しい。海側から見てもきれいでしたが、道幅が狭く車寄せられず。

086それにしても、待合の中懲りすぎです。

その後、友人の案内で親和銀行本店を見に行きましたが、写真が多いので、②にさせていただきます。think

で、佐世保市博物館 島瀬美術センターへ行こうとして、こんな建物はどこにあるの?と本を見せたら、「そこ」

親和銀行本店の斜め向かいの公園内に建物が、これ?意外と小さかった。岡野真氏設計です。岡野氏はあまり知らないのです。調べたら、工学博士?香川大?よくわかりません。

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083_3ハム太郎がこの大きさですから・・・とか冗談いってる場合じゃないですね、もっと大きなものを予想していたのですが、意外と小さかった。窓がほとんどないので、市街地にあると違和感があるとおもうのですが、外壁の丸い飾りがその違和感を少し緩和させているように思います。

特殊な用途らしいのですが、それでもやっぱりちょっと不思議な建物です。一応公園と一緒に設計されたようです。

088 それから、やっぱり佐世保にきたなら、佐世保バーガーということで、連れて行ってもらいました。本当の(偽者が横行しているそうです)佐世保バーガーショップ「ひかり」、友人におまかせしたら、いきなりビッグサイズをたのむので、マジで?と思ったら、意外とあっさり食べれました。パンがふわふわで、シンプル、うまい!!!でもこの待ちもなかなか大変ですね。

店の中にはたくさんのお母さん達が働いていて、方言なのがうれしいです。友人が「ふふっ、大阪の人」目を向けると、ちょっと派手なシャツなご夫婦がバリバリの関西弁で注文されていました。店のお母さんはバリバリの長崎弁で、面白かったです。

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2008年5月15日 (木)

GW建築巡り長崎編④

やっと長崎市の最終レポートです。市内から路面電車に乗って、戦没者追悼平和祈念館と原爆資料館へ。Tシャツに「侍」とか来た外国人達がいらっしゃいます。友人によると、港へ艦隊が到着すると団体で来たりするのよとのこと。あまりの意外さに驚きました。

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栗生明氏の設計です。水盤の中にガラスの塔が二つ、資料館もそうなのですが、水が多用されています。それは多くの方が水を求めながら亡くなっていったことからだそうです。

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058 ←入口です。ここから地下へ下りていきます。かなり長い通路で、深くまで下りていきますが、設計のコンセプトが強く感じられる建物となっており、これほど分りやすい建築物もあまりないであろうと私は感じました。戦没者の皆さんの名簿が保管されているそうです。

下からこの二つの塔も見ることが出来ます。館内はおどろくほど静かです。ガラスの列柱が何本も建っており、外の雑踏とまったく違う世界がそこにはあります。

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長崎原爆資料館、久米設計の設計です。写真半分上は建物ではなくて、祈念館からあるいてくるスロープがかかっています。昔の資料館はかなり古い建物で、保存剤などの匂いは辛かったそうなのですが、新しくなって少し明るくなり環境も良くなったので、訪れやすくなったとか。撮影禁止の為、写真は外観のみです

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丁度この反対側が出入口になります。屋根がドーム型で光がサンサンと入ってきます。岡山に住んでいると広島を勉強することが多く、あまり長崎のことはしらなかったのが正直なところ。訪れてよかったと思いました。そしてここでも多くの外人さんに驚きます。日本人より多かったかもしれません。

これで長崎市の建築巡りは終了しました。資料館から表に出ると、斜め前の県営球場から聞いたことのあるフレーズが、この日はソフバンと阪神のファーム戦が行われていたようで、にぎやかでした。せっかくなので長崎のおいしいものです↓

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ちりんちりんアイスは大浦天主堂の坂下で、本家本元では、バラやチューリップ型にもってくれます。おいしいですよ。ちゃんぽんも皿うどんも、中華街のおいしい店で、はまりました。トルコライスは三種盛が正しいみたいですが、十分のボリューム。長崎のおいしい所はまだまだあるそうですよ。

次は佐世保編です

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GW建築巡り長崎編③

長崎編のつづきです。出島です?聞いてはいましたが、九州○っかり名勝の1つかと・・・。残っているのは、塀だけだそうです。案内してくれた友達が、狭いよねぇと、本当にこの大きさだったのでしょうかcoldsweats01

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052_2これこれ、と案内してくれたのが→バトミントン発祥の地碑。出島にも関係するのですが、外国から文化が真っ先に入ってきたところで、大浦天主堂前の坂道には「ボーリング発祥の地」碑がありましたし、グラバー園には、日本で始めて西洋料理を作った碑なるものもありました。たくさんありそうですね、長崎には

051 ←写真は出島内。たしか500円くらい入場料がいります。キレイなんですけれどもね、キレイすぎるのがまだしっくりこないですね。

保存というのは非常に難しくて、キレイになるとキレイすぎて雰囲気を損ない、だからといってほっておくと、駐車場になったり、プレハブが建ったりして、手遅れになる。

保存改修の場合、期間限定で補助金が出たりして、一斉に治すので一辺にキレイになってしまって、興ざめする事もあります。

そして観光客が訪れるようになると、関係ないグッズ店が軒を並べ観光地化がどっと進み、また興ざめし、けれども人気がないとグッズ店はないけど寂れていく。

保存といのは、本当に難しいものです、ハイ。

次に向かったのは、日本二十六聖人殉教の地です。日本二十六聖人記念聖堂 聖フィリッポ教会。約40年前に出来たとは思えないデザインで、現在でも十分通用すると思います。スペインのサクラダファミリア教会に似ていると思う方もいらっしゃるかと

054設計者の今井兼次氏は、いちはやくガウディを日本に紹介した建築家として知られており、その教会もその影響があることが分ります。

ただ、約40年をへており、できれば完成時に来たかったと思うのは、私だけでしょうか・・・。

坂道をはさんで左側に日本二十六聖人記念館があります。下の写真の右下が壁面です。

聖堂も記念館も壁面のモザイクな飾りは、なぜか、茶碗だったりお猪口、皿、生活観満載です。今思ったのですが、下の塔の写真、顔に見えます(汗)

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この記念館の前に、二十六聖人の大きなレリーフがあります。戦国時代、秀吉のキリスト教弾圧により処刑された聖人の碑です。

その横に意外な碑を発見。ルイスフロイスの碑。フロイスの年表と記念碑のようなのですが、フロイスは戦国時代に日本各地をめぐって、日本のことを事細かく資料に残した人で、秀吉や信長に会ったことがあるのだそう、日本を知る貴重な資料を残しています。

長崎滞在1.5日とは思えないレポですが、次が最終です

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2008年5月10日 (土)

GW建築巡り長崎編②

031 宿泊したのは、KAJIMA DESIGN設計(鹿島である)のホテルモントレ長崎。

ちょっとビジネスでは泊まれないですね、リモデル一周年企画で安かったのがラッキーでした。思い切って2泊、サービスもいいし、防音もしっかりしているし、大梁はこれでもかぁというくらい大きなものでした。

033 床はタイル張り、壁天井はクロス、レトロ調で、センスが良かったです。

最初ロビーが少し狭い気がしたのですが、ホテルの回転のよさというか、小回りのよさというか、帰る頃にはそのコジンマリ感がなんとも心地よく感じられていました。中庭があり、朝食をそこで食べることも可能でした。

032 朝食(バイキング)は普通のホテルに比べれば高いですが、おいしかったですねぇ。ご飯がやけに進みそうだったのですが、これから晴天のグラバー園を歩く?登る?ことを考え、おかわりは諦めました。パンのコーナーに当然のように長崎カステラが置いてあり、また当然のようにそれを少しトーストして食べているお客さんがいました。

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ホテルからちょっと歩くと、大きな通りに出て、路面電車が走っています。岡山もありますが、長崎の路面電車はレトロなままなのが、観光客には嬉しい。

朝は一時間かけて、港の辺りを散策し、ホテルに戻って長崎の友達と合流、まずはグラバー園から

グラバー園にあまり興味が無かったのですが(失礼)、大浦天主堂はどうしても行きたかったので連れて行ってもらいました。

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036 坂を登っていくと、大浦天主堂が見えてきました。美しいですね。中は撮影禁止の為写真はありません。

教会内はとても涼しく、静かで、歴史案内テープとアベマリアが流れていました。協会の入口にマリア像が町を見下ろすようにたっているのがとても印象的でした。

ぜひ、長崎にきたら行くべきところです。

教会から右方向に向かうと、そのままグラバー園行きになります。とても植栽がキレイに管理されていて、これからはバラがキレイなのだそうです。

037グラバー園内には、複数の建物が残っていたり、移築されたものもあるようです。

旧三菱のドッグハウス(船関係の労働者の宿泊所)なども残されており、市街地を見下ろすと、三菱のマークがあちこちに見え、関係が深いのだなということがよく分るグラバー園でもあります。右下写真は三菱重工のドッグ

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敷地内には西洋料理発祥の地という場所に喫茶店がありましたし、ハートストーンなる石を石畳の中から探すというそんな楽しみもあるらしいです。友達がこれ!って教えてくれましたけれども。

038 メインのグラバー邸です。よくテレビでみます、サスペンスドラマとか旅番組とかね。敷地内の他の建物とはまったく力の入れ具合が違い、植栽の管理が完璧でした。丁度モッコウバラがキレイに咲いていて、私の友人は虜になっていた模様です。

天井が木の格子状網目になっているのですが、グラバー邸のみアール天井でした。品がでますね。ただ本当に網目なんですよね。裏板がない。

室内に模型と簡単な図面がありました。かなり増改築を繰り返したらしく、最初の面影はほとんどなくなった感じでしょうか。裏の廊下の天井に隠し扉があり、坂本龍馬?の隠れ部屋ではないかと最近ささやかれているらしいですよ。

040 つづく

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2008年5月 7日 (水)

GW建築めぐり北九州編

今回の旅で、どうしても行きたかったのが、北九州市にある中央図書館、磯崎新氏の傑作と私は勝手に思っているのですが、何度いってもお休みなんです。今回こそはと日程を組んだはずなのに、月末がお休みだとは知りませんでした。think 

北九州市には磯崎氏の建築がいくらか建てられています。どうしても見たいのは中央図書館なのですが、小倉駅に近いので、また何かの機会にと思って既に何回フラレテしまったのでしょうか、外観を指をくわえて見ています。

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市立の美術館です。30年以上はたっていますが、それをあまり感じさせない建築です。○○ノートの撮影にも使用されいおり、ファンの方が訪れておりました。筒のようなところは美術展のスペースなので有料となっていました。頭のデザインが双眼鏡の形に見えるとかで、そのような通称がついているらしいですが・・・。

会議室に、磯崎氏デザインのチェア「モンローチェア」(こんなのです→楽天市場)がおいてあり、座ってみたのですが、すわり心地がよく、意外でした(すみません)。内部は撮影禁止なので、写真はありません。

もう1ヶ所、ホテルの近くだったので、ポストモダンそのもの、北九州国際会議場。向かいに西日本総合展示場があります。どちらも磯崎氏の設計。メンテが良いのか、昔建築雑誌でみたままでした。

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岡山には、奈義町に美術館があります。奥様の宮脇愛子さんの作品もあったりしますが、あれも不思議な建物です。筒型の庭とか、現代アート+建築のはしりといわれれば、そうかもしれません。

大阪万博のお祭広場を設計したのは丹下健三氏なのは知られていますが、総合プロデューサーであり、その下でというか、担当だったのが磯崎氏と聞いたことがあります。もうおなくなりになりましたが、うちの前の知事が磯崎氏との対談?で、大阪万博のことをメタメタに言ってしまった時には、冷や汗がでました。それ以来、岡山には来られていない気もします。

いつになったら中央図書館は見れるのでしょうか・・・。八幡も行ってみたいですね。

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2008年5月 5日 (月)

GW建築めぐり博多編②

櫛田神社を後にして、中洲沿いの歩道を歩きます。日建設計の博多リバレインがあったり、キャナルシティがあったり、夜はもっとにぎやかなところです。

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中州の川沿いに最近できたのだろうビル、後で調べたら3月に出来たばかりだそうなんですが、ガラスのカーテンウォールが今どき~のデザインで、上にチャペルもある複合施設。清水建設の設計施工でした。

011 012 中州を渡ると大同生命ビルがあり、外壁パネルが、プチプチのエンボス加工の不思議なパネルで、側面を見たら、あいているところがあり、拡大すると、排煙窓のようでした。

川のある町ってのはいいですねぇ。落ち着きますね。

天神イムズまで戻る途中に、アクロス福岡にたどり着きました。懐かしい~、10年ほど前、初めて博多に来た時、まだ建って二年ほどだったアクロス。懐かしさに正面に回ってみると、うわ~なんだこりゃcoldsweats01 ものすごい、森か、山かって感じです。

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10年前は、こんな感じでした(1月)001 写真を写真にとったので、あまりキレイではありませんが、壁面がまだ多いかんじです。荷重がどのくらい増えているのでしょうか?

10年前、たぶん20名くらいで訪れたのですが、この壁面には折り返しの階段があり、先輩が、あの階段のタラップに一人一人立てという号令を元に、タラップにたってポーズをとって写真を撮った記憶があります(笑)。

014 002 左が現在、右が10年前、こうも茂ると日照も悪くなってるんじゃなかろうか、、、。

わかりません、将来ビルというビルがこんな感じかもしれませんしね。

それからイムズに行って、建築家谷尻誠展を見てきました。丁度谷尻氏もいらっしゃって、お知り合いの方に、模型やコンセプトの説明をされていました。床一面にしかれた、裂いた段ボールのふわふわ感が、不思議でした。イケメンでした(笑)。

展示方法もかなり凝っておられて、一ヶ月、ほとんど仕事してないとのことです。ぜひ巡回展お願いします。

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GW建築めぐり博多編①

003建築巡り博多編とかいても、既に博多は何度もいっていて、私の好きな町の1つです。この町は、戦国時代、秀吉の九州攻めで焼け野原になり、秀吉が家臣に命じて町割りをした都市です。いまだその通りは現存で、博多の都市形成の基本となったと聞きます。

天神バスターミナルのコインロッカーに荷物を突っ込み、窓から外を見ると、イムズの前でした。三菱地所+三島設計事務所の設計です。中の円柱の吹抜けがステキなんですが写真は禁止、以前いったことがあるので今回は入っていなかったのですが、壁面にステキな案内を発見。「谷尻誠展」開催中。

とはいっても朝早いので、昭和通りからバスにのって奈良屋町までいき、シーラカンス設計の博多小学校と、奈良屋公民館を側面から(笑)見学へ

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006 博多小学校のある一角は、博多の豪商神屋宗湛の屋敷跡、この宗湛という方は商人なのですが、秀吉に博多の茶坊主といわれるほどの実力者で、博多の町割りにも大きくかかわった人です。

ま、今そんなことはいいのですが、その広い一区画の真ん中にあるのが小学校、東を除き民家や商店などで囲まれているのですが、東西南北の四方へ出入口が作られてあり、外部の町と繋りを感じます。

005小学校の校庭の南側は、奈良屋公民館(右写真)があり、その1回がピロティ(左写真)のようになっていて小学校へ通じています。シーラカンスらしい設計でした。

博多駅方向に路地裏を歩きますと、聖福寺があります。非常に静かで、ここが博多かな?とおもうような場所。山門や仏殿はあまり古くないそうですが、非常にスタイルが良い建築でした。

007  博多駅前から北西に伸びる大博通りにでて、どんたくで有名な櫛田神社へ、これが大博通り沿いの鳥居。参道?を歩いていくと博多町屋ふるさと館が手前にあります。

そのまま櫛田神社へ行き、博物館で町割りの「間竿」を見てきました。大工さんの持ってる尺の竿と一緒ですね。199.5cmあるそうです。

ここでもう1つ見たかったのが、「博多塀」。これは島井宗室屋敷跡に残っていた博多独自の塀を移築?したものだそうです。不思議な柄というか、瓦を使った面白いデザインです。

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右に断面があったので、そちらの写真も、神社の裏にひっそりと博多塀のこっております

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「かろのうろん」博多でうどんのことを、うろんと呼んだそうです。老舗中の老舗ですが、まだ開店時間でなかったので、残念でした。櫛田神社のすぐそばにあります。

つづく

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2008年2月12日 (火)

倉敷美観地区

建国記念の休日、倉敷へ行ったので美観地区へよってきました。連休とあって大勢の観光客。暖かい日差しの中、のんびり散歩気分を味わえました。

この時期は、改修の時期なのか、浦辺慎太郎氏設計の倉敷国際ホテルの外壁が改修中、美観地区メイン通りでも三箇所工事中でした。

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ここは昔の三越の倉敷館のあったところ、この門を入り突き当たりに、星野監督の記念館ができるみたいです。

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ずっと寒い日が続いていたのですが、この日はとってもポカポカして暖かい日でした。桃太郎博物館の通りも歩いてみましたが、串団子屋さんができていたりして、けっこうにぎやかになっていました。

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2007年12月 5日 (水)

出雲の旅その②

女建築士5人旅の続編です(-ω-;)だいぶ昔の話になりつつありますが

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朝、部屋から日本海を見るとこんな感じで、露天風呂が(笑)

Kd_071124_02日本海に沿って国道を、Kさんの男前運転でひた走ること3時間、出雲大社に到着。

神有祭とあって、岡山市街地なみの渋滞でした。臨時駐車場から300mほど歩いて、参道へ入りました。

11月は出雲に全国から神様が集まって、人と人の縁を結ぶ縁結び作業を行っているらしい。全国は神様が不在で神無月、出雲は八百万の神様がいるので神在月と申します。

縁結びといえば、恋愛ですが、ここの縁結びは友達の縁から仕事の縁まで、幅広くとりあつかっておられるそうでございます。ちなみに過去神有月に詣でた友人の統計では、約5割が既婚となっているらしいのですが、それってどうなの?

平成の大遷宮が始まるので、菊竹氏設計の庁舎の横に、現在仮設の拝殿がほぼ完成。着々と準備が進められています。

本殿の建替えだけだとおもったら、ほとんどの建物が立替になるそうで、総事業費80億、大事業でございます。

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本殿の両サイドにある19社という、神様の宿舎です。ここにお泊りになるので、神有祭の間は扉が開いているそうです。建築史の授業で習ってはいましたが、いつもしまっている扉が開いているのは新鮮でした。

これも立替になるみたいです。

蕎麦を食べに行こうとしたのですが、あまりの行列に断念、神有祭ゆかり?のものを食べることにしました。

Kd_071124_04 これは?そう、ぜんざいです。お汁粉ともいいますが、ぜんざいの名前の期限が、この神有祭なのだそうで、神在(かみあり)→じんさい→ぜんざい となったのだそうです。詳しくは、「日本ぜんざい学会」

元々はアンコの入ったお餅を「神在餅」と呼び、これが京都にいくと「ぜんざい」のお汁粉になってしまう。不思議です。神のなせる業ですね。

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お腹を満たして、再び参道へ出ると雨、槙文彦氏設計の古代出雲歴史博物館へダッシュ。出雲大社の東隣にあります。敷地も広くて、アプローチをダッシュする間にすっかり濡れました。

入口入ってまずはコレ、これは大社の本殿前から出た巨大柱。三本の大柱が組まれた、ちょっとした集成材?といっても三㍍あります。 水道工事をしていて発見したんじゃなかったかな?

建築史で、巨大柱の上に本殿があったと伝えられる。のような話を聞いてはいたものの、まさか本当にでてくるとは、誰も思っていなかった、出雲の壮大な謎、博物館には色んな学者説をこれでもかぁというくらい展示してあり、誰かの案にまとめ切れなかったのかと、説明をみながらちょっと思いました。

Kd_071124_06 階段の手すりの納まりです。ちょっと細いですが、シンプルでわかりやすい手スリでした。中間の金物はステンバーに溶接っぽいですね。

とにかく、雷ゴロゴロの大雨で、外は撮れませんでしたが、もう少し洗練されたものを想像していくと、ちょっと違うかな。代官山といっしょにしてはいけませんか?汗。

あと、設計には関係ありませんが、ここの展示はちょっと・・・。何をいいたいのかよくわからない展示物がちらちら、そんなに何から何まで展示しなくても、銅剣など印象深いものも多いのでもったいなかった(税金が)

今回は特別展で「金印」が展示されてました、なんと私三度目、今年二回目。日本史であんなに大きく習ったのに、実際はサイコロのように小さかったりします。よく発見できたものです。

ここでは、益田元祥の肖像画(複製)が展示されていました。安土桃山から江戸時代の武将で、関が原の後、山口に追いやられ借金まみれの毛利家の財政を立て直した偉い人です。家康のスカウトを断って毛利家に従った事が、何よりも私は好きだったりします。

雨は上がらず、出西窯に行く予定はやめ、帰岡。一泊2日、充実の旅でした。

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2007年11月27日 (火)

神有月の出雲へ、女建築士5人旅

来年の予算見積りに埋もれています。入札まで来て、めいっぱいです、涙。

23、24の連休に建築の友人、女5人で、出雲を旅してきました。女5人がサーフに乗って、高速を爆走しているのって、どうなんでしょう。

まずは、世界遺産登録された石見銀山へ、石見銀山は博多の商人・神屋寿禎が日本海を航行中に発見したと言われているそうです(諸説あり)。この神屋氏は、秀吉に筑紫の坊主と呼ばれた博多の豪商神屋宗湛の祖父だと言われています。さすが、商人の目の付け所が・・・。

Kd_071123_01 間歩(まぶ)と呼ばれる坑道は、私が1人立つことの出来るくらいの高さで、時々頭を下げないとぶつかりそうになります。

間歩の中は暗く、横道が沢山のびていますが、全て立ち入りが禁止されていました。

Kd_071123_02間歩を出て、バス停まで歩きます。途中、スリッとお見通しだーぁ、とまるで映画トリックのような風景が続く雰囲気のあるところです。

佐累売山神社には変わった亀の石像がありました。ぜひ行ってみて下さい、まるでトリックにでてきそうですよ。

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五百羅漢、中には沢山の仏像、もろくなった岩盤には下に補強の鉄骨が入っていて、錆て朽ち果て、みんなそれが気になっているようでした。

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銀山の町並みを歩く女建築士達?。昔とちがって、沢山の人が押し寄せるため、現在は駐車場を儲け、そこからパスのピストン輸送で町並みに入ります。バスを乗り継ぐと間歩にいけるのですが、お得な1日券もあり、無理に街中に駐車するよりいいかもしれないですね。

Kd_071123_05_2 世界遺産効果なのか、町並みにあった自販機を隠すカバーです。何もボタンのところを全部仕切りしなくても・・・。自販機を入れ替える時はどうするのでしょうか?

この他にも、留守表示が、「ただいま旅にでております」など、けっこう面白いものがありました。

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今日のもう1つのメインは、太田市にある「グラントワ」 大ホールのほかに小中ホール、美術館、図書館等を持った複合施設です。運良く山崎館長さんにお目にかかれて、グラントワ内を案内していただきました。この山崎館長さん、オペラの指導者で、かなり有名な方だと、旅から帰って知りました。

Kd_071123_07 外部の角の納まり、外壁は瓦を張っています。なるほど、こう納めますか。とにかく、あっちもこっちもこの色です。

設計者は建築家 内藤廣氏。岡山にもダム施設などを設計されていますが、ここは設計段階から多くの関係者が参加しているので、シンプルさとは別に、非常に考えられた内部プランになっています。なので、死んでるなという空間がみあたりません。ぜひ、館長さんのお話は聞いたほうが徳です。「私が館長の山崎です。」とご挨拶してくださいますよ。

Kd_071123_08_3 グラントワの大ホールの裏、ラウンジ部分になります。この日は、お茶会の席が設けられておりました。杉板型枠の一発仕上げのコンクリート打ち放し、さすがスーパーゼネコン、みごとな腕です。一発仕上げとはいっても3日ぐらいはかかっているみたいです。

そこから30分でお宿に到着。料理は会席。サザエが美味しかった。Kd_071123_09

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2007年9月 7日 (金)

九州建築の旅3日目

すっかり、ご無沙汰してしまいました。九州の旅三日目、朝早くホテルを出て、リバーつばめ特急にのって熊本へ

一時間程で熊本駅へ到着、路面電車に乗りかえて、停留所からすこし歩くと、高い石垣が見えてきます。入場料を払って城内へ

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とてつもない石垣です。城主は加藤清正公。そしてここも韓国人の観光客が多い。石垣が高い。理由は最後に・・・。

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熊本城唯一の現存建物の宇土櫓です。熊本城の建物はほとんどが復元です。天守閣は鉄筋コンクリート造。現在天守閣のある本丸に、木造で、本丸御殿が復元中。春には完成するそうですが、熊本城は次々と復元しておりまして、どこまで復元するのか楽しみではあります。同じような県としては石川県の金沢城も 復元がすすんでいます。

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宇土櫓の中です、室内のバッテンは、筋交いです。おそらく大規模改修が行われたのでしょう。もうすこし隠す方法はなかったのかと思いますが、いたしかたありません。

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天守閣です。現存でないのがものすごい残念です。元細川首相のご先祖も熊本城主だったんですよね。バブルな知事時代に、熊本アートポリスという構想があり、磯崎さんをコミッショナーにガンガン建築物を建ててしまったのですが、それを前の岡山県知事が二番煎じでもいいじゃないかということで、岡田さんをコミッショナーに行ったのがクリエイティブタウン岡山、略してCTO。有名建築がたくさん建ったのですが、今の財政難を考えると少し悲しい。

最上階までは階段、近代復元の為、エアコンも効いていて1,2階は涼しく快適、展示物をみつつ、最上階へ。ものすごく風が気持ちよく、市内一望。ちょっと殿様気分。

下りてきて一息ついていたら、大学生くらいの若者が石垣を登っている。それをジーっと下から見ていた子供が、1人、2人と上り始めてしまい、あっというまに石垣はアスレチック城へと・・・。意外と真ん中あたりまでは簡単に女の子も登っていました。中には2/3くらい上ってしまう小学生ぐらいの子もいて、元気な子もいるもんだとほとほと感心。ケガしなければいいが。

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天守閣の係員さんに見所を聞いたら、ココを進めてくれました。さすがにここは元気な子でも無理でしょう(笑)。上部は最初に私がみた宇土櫓です。

加藤清正は、豊臣秀吉が命じた朝鮮出兵に出陣、蔚山城(うるさんじょう)の戦いで五万の敵軍に囲まれ、篭城。食べるものも水も無くなり、屍を食べてまで、すさまじい戦いを強いられました。その時の教訓から、土壁やタタミの中にはカンピョウやズイキを干したものを入れたり、この高い石垣を作ったり、城内の井戸を整備したのだと言われています。

その清正を助けにいったのが、後に岡山城主になる小早川秀秋。秀秋は独断で清正を助けるのですが、(跡継ぎができ)手柄を与えたくなかった秀吉は、危険な行為だと領地召し上げにしてしまう。いつの時代も過酷です。りっぱな石垣を作るにも、背後に歴史があり、理由があるというのが、歴史的建造物を訪ねる1つの魅力です。

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熊本城の堀を一周していると、ちょっと気になる建築物がありました。熊本県立美術館分館。予定にはなかったのですが、入口の庇の下にはいってみると

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下の壁が丁度前の車道を隠し、熊本城側の緑が入ってきました。中も見たくなり寄って見る事にしました。設計はトーレス&ラベニア 大和設計共同体。

後で調べたところアーキテクチュアルマップには、名前がラベニアではなくてラベーニャさんで、正式名はホセ・アントニオ・マルティーネス・ラベーニャ&エアリス・トーレス・トゥールの2人の建築家だということが判明しました。

中に入ってカメラ撮影について聞いてみると、申請すれば(勉学とかの理由)作品以外は撮影が許されるということなので、事務所へ直行します。よくあるトラブルが、作品にカメラを向けないでいただければ撮影OKと言われても、実際室内でカメラを構えると、係員に静止され、名古屋のとある美術館では後ろから付けてきたり、落ち着いて建物見学もできない。さっさと申請して腕章つけて見学開始。

内装はほとんどが木板のパネル、入ると大きな吹き抜けがあり、上部のガラスからやわらかな光が落ちてきます。でも、建物が大きな割には、そんなに歩くところも空間も少ない。吹抜に箱型のエスカレーターがありそこを中心に、1階ごとに大きな展示室が3つほど、城方向にカフェが1ヶ所、こんなに高いのに、まだお城は上に見えました。

後で分かったのはこの建物は改修なんですね。なんとなく感じた不思議さはこれだったのかとおもいましたが、うまく改修してあって、その時は気がつきませんでした。めんぼくない。

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JR九州の列車は好きです。中も素敵なんですよ。鉄道ファンではありませんが、九州に来ると乗りたくなります。

熊本を後にし一路福岡博多へ、今日は岡山に帰ります。少し時間があったので、博多の町をウロウロ、大都市ですが突然街角に大きな鳥居があったり、歴史の街です。夕方からヤフードームでソフトバンク戦を観戦。死角の少ないいい球場です、なにより夜の外観が中世の町のようなライトアップで綺麗でした。さてさて夜行バスの時間が・・・。

今年の夏休み終了、多くの建築をみて、元気になった旅でした。また九州に来たいですね。

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2007年8月28日 (火)

九州建築の旅2日目②

九州建築の旅2日目②です

由布院を後にし、一路九州自動車道を西へ、めざすは吉野ヶ里遺跡。三年前の夕刻、すでに閉門。涙したところです。

昨日のカンカン照りとはちがい、青空を雲が流れる空、ちょうどいい感じです。が、気温は高いようで、入場口のところでタオルが配られ、その先には水を張った樽があり、それにタオルをつけ首に巻くといいですよ?と古代人さんに言われました。帰ってくる人もみんな首にタオル、試してみるとひんやり気持ちが良い。古代人の知恵かな?

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橋のような道を抜け、霧の中を進むと、古代エリアに入場、集落が見えてきます。そのまま進んでいくと、弥生人がマツリゴトをしたエリアに入ります。エリアごとに周囲は土塁と掘切と柵に囲まれていました。

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その中に、吉野ヶ里で一番大きな建築物があります。まつりごとを行ったところです。あがってみると、ムシッ(熱)、上がれば上がるほどに、いや~というくらいの暑さです。そそくさと退散しました。下ではなんとか還元水みたいな無料の水が配られていました。Image_035 王の墓、北墳丘墓を見学、そして山のように高床式建物を見ました。

ここには、働く人を再現してあり、古代人に扮した人が糸を染めたりつむいだりする作業を普通に見学できます。まるでタイムトリップですね。作業している人もなれたもので、観光客が来てもまったく気にする様子もなく続けておられました。

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Image_032_2ムラに戻って、櫓の上から撮影しつつ、古代弥生時代を満喫しました。それにしても、建物という建物の木材からImage_037まな板まで、全部チョウナ掛けには、文化庁の意地を感じました。なにもそこまでと思いつつ

広いので二時間ほどを費やしましたが、時間はまだ3時、レンタカー帰すまでまだ時間があります。建築家伊東豊雄氏設計のぐりんぐりんにいってみますか

アイランドシティ中央公園 ぐりんぐりん

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まだまだ開発中のエリアで、周囲は建設ラッシュです。まだカーナビの案内もなく・・・。ぐりんぐりんの北側駐車場はまだ使えないようで、東側の駐車場へ停め、公園を突っ切る感じになります。真ん中に大きな池があり、周辺を散歩したり、児童公園で遊ぶ家族連れなど、けっこうにぎわってましたが、ぐりんぐりん内は閑散としていまして、温室に近いので冬はいいのかもしれませんが、入場料100円なのにさみしい感じがしました。

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全てが緑に関係する施設なのですが、ぐりんぐりんというので、歌のImage_046「グリングリーン♪」を想像。しかし、まったく関係なく、構造壁がぐりんぐりんとうねった、ちょつと四次元ぽい建築物でした。 内部から外部へと巾1メートルくらいの通路が、壁を天井を突き抜けて回廊となっていて、歩き出したらぐるぐるぐるぐる、暑いし、意味わからないし、歩きもぐりんぐりん、頭もぐりんぐりん、不思議な建築です。

Image_045 唯一空調のきいたブロックに建築コーナーがあり、模型とか、本とか、説明用の図面、屋上植栽の土の断面、DVD「ぐりんぐりんのできるまで」があります。建築人には必見のDVDでした。現場監督さんなら涙するでしょう。

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  この建物は鉄筋コンクリート構造(=RC)です。床を除けば直角や水平なものはなく、すべて不均等な曲面。曲面はコンピューター解析し、CTスキャンのごとく輪切り状態にして、コンパネという合板をカットし、組合わせて大きめなパネル化にします。現場では、天井となる部分へ、支保工という足場を建物の形状に組み立て、その上に先ほどのパネルを貼り、鉄筋を組み、コンクリートを打ち仕上げます。もちろん施工は大手ゼネコンさんでしたが、性格な施工図、職人の熟練の技と感、現場監督の力量がなければ、到底できる工事ではありません。施工人は見よう「ぐりんぐりんができるまで」 写真↑はおいてあった模型。ね、ぐりんぐりんしているでしょう?

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Image_049 ぐりんぐりんの天井のトップライトは強化ガラスなのですが、窓を触ってみると、ガラスではなくアクリルっぽい感触(ポリカだと思います)。外部に面した窓には、奇妙な機械が付いていて、自動で窓を開け、湿度や温度の調節をしているようでした。前の日にいった国立博物館の窓は二つのガラス壁で空間を作って調節していました。どちらもエコ対策をとってました。その方法が日本らしく窓を開けるというところが、似ているなと思ったのです。それか、この福岡という地が、そのような特徴をもたせたのかも?似ているといっても、システムが一緒というわけではありません。

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Image_050あっというまに、閉館時間、もう少しDVDは残っていたのですが、ぐりんぐりんを出ました。公園をテクテクあるいていると、こんな変ったトイレ発見。コテコテです。丸いトイレ、これも泣いたでしょう、現場監督さん。天井部分がガラス、ソーラーパネルでしょうね。

博覧会をしたときは、それなりな意味があったのでしょうが、公園となってしまった今、使い方は再考する時期なのかもしれません。あまりに閑散として、もったいなく感じたぐりんぐりんでした。

残すところ1日、思ったより日程を消化したので、九州旅行の最後は、熊本まで行きます。

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2007年8月23日 (木)

九州建築の旅2日目①

由布院に入ったのは午後7時前の夕暮れ、せっかくなので、由布院駅を見に行くことにしました。

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駅前の有料駐車場に止め振り返ると由布岳、NHK朝ドラ「あすか」を見ていたひとなら懐かしく感じるかもしれませんね。次の日もこんな感じで、勇壮な由布岳を見ることは今回はできませんでした。由布院駅↓、いまや一般市民もしっている建築家磯崎新氏の設計です(1990年)。かなり有名になっていて、観光客もたくさん、この写真は次の日の午前中ですが、大変混雑していました。

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Image_011内部写真です。ちょうど入口上部、非常にすっきりしていて、よかった。ちょっと、オリエンタル美術館の天井を思い出したりもしましたが、担当者の違いなのでしょうか?岡山西警察署などのすっきりした建築は私は好きです。(播磨のコテコテ感はもういいです。)

昔一度、岡山で磯崎さんの講演会があり、なま磯崎さんを一度だけ拝見したことがあります。

前の知事さんが大阪万博の事を悪く言ってしまい、磯崎さんがちょっといやな顔をしていたのが、私の思い出だったりします。(万博は磯崎さん担当)

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駅内のアートホール、ほんと大きさも空間のボリュームもいい感じです。ここの手前に観光協会があったのですが、夕方7時、来る客来る客「今から入れる温泉・・・」さすがのお姉さんもウンザリのご様子でした。笑

注意、由布院では、現地でもらえるパンフレットは一枚の地図、地図に書いてあるのは名前と電話番号。現地調査は困難、のんびりできない人は、必ず事前に開館時間など調べ、工程を決めておくことをオススメします。

夜は、楽天で見つけた、一泊3000円の素泊まり宿、由布院の町に近いのに田んぼの中の一軒屋に近い、由布院らしいところでした。お風呂、トイレ、キッチンは共同です。

一夜あけ、宿近くのグランマというパン屋さんに朝食を買いに出かけました。8時オープンで駐車場は満杯、ほとんどが観光客のようでした。おそるべし街です。

Image_014_2まだ美術館は空かないだろうと、場所と時間確認に出かけると、すでにシャガール美術館はオープンしていました。すっきりした街角の画廊ぽい感じで、入場料は高かったですが、目覚めにはよかった感じです。カフェがいい感じだったので、ここでお茶。

Image_015「 カプチーノ ホットで・・・。」といったつもりなのですが・・・きたのはどうみてもアイスです。この暑さの中、連休の観光客、相当スタッフもお疲れのご様子です。

ここでは、摘み草せんべいをお土産に、素朴な味で好評でした。

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由布院で私が一番気に入った、由布院美術館。象設計集団設計。到着すると小山の手前に由布院美術館という看板があり、少し回り込むと、小山からトップライトが出ている、え?建物?どうやらドーム型の建物に草が生い茂っているらしい。もうこれで私の心はグッとつかまれた感じです。象さんの建築はこってり系が多いし、いいけど、なんかこうやり過ぎ感を感じてしまうのに、ここは、なんか、素敵です。

30分待った後オープン、本日最初のお客様でした。

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真ん中の原っぱ?を中心に回廊形式になっています。これは子供も大人も楽しめるちょImage_017っとリゾート感覚の小さなアートの世界。細かい雑然としたところもあれば、この窓のようにスパッと切り口が鮮やかだったり、私は気に入りました。小山のドームですでに気に入っていますが・・・。

そしてここには足湯があります、かなり浅めですが、のんびりできます。朝方、美術館前で足湯を探していたご家族がいたのですが、美術館の中とは私も気がつきませんでした。足湯からは、↑の窓がある部屋を通して原っぱも見える楽しい空間になっています。

Image_019近所のネコだとおもうのですが、テラスでのんびり昼寝をしていたりと、のんびりした空間がすごく由布院らしくて私はこの美術館はオススメです。

←小山のドームの中、なかなかの演出ですよね

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そこから、渋滞に巻き込まれながら、ギャラリーのあるアルテジオへ、山道を車で10分ほど、道路沿いながら森に囲まれてしまった空間、少し街中から離れているので、人も少なめでしたが、隣接するレストランは予約で一杯でした。ランチ数千円するのにです。

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絵のギャラリーでした、撮影は絵を取らなければOK、由布院は厳しくなくて助かります。奥の図書コーナーでゆっくりしている人も、のんびり派にはいい所かもしれません。けっこう豪華な家具も普通に置いてあります。敷地に隣接していた、チョコレート屋さん(同会社)がまたオツで、二階はギャラリーになっていました。

とりあえず、これだけはというのは見れたので、由布院を昼前に出ることにしました。きっとお昼からはもっと込むはずです。ただ、原さん設計の美術館をすっかり忘れていたことに、次の日気がつきましたが、また、由布岳を見に行こう、そのときに。

麓まで降りると大渋滞が起こりつつありました。のんびりしたいい街だったけど、いささか観光客が多すぎですね。なかなかうまくはいかないものです。

一路、昨日行きそびれた吉野ヶ里へ、時間がゆるせばぐりんぐりん?へ

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2007年8月22日 (水)

九州建築の旅1日目

お盆休みを利用して、九州へ建築探訪の旅にいってきました。今日は九州国立博物館です。

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かなり大きな建築物です。でも、4階までしか展示室はありません。三年前に大宰府天満宮を訪れたとき、ここはまだ建築中でした。設計は、菊竹清訓氏、建築士会連合会名誉会長でもございます。

ジャンボジェットが二機も入る大きさらしいですが、とにかく巨大です。

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とにかく巨大すぎて、驚くべき光景です。このブロックは何を表しているのでしょうか?なにかのデザインだとはおもうのですが、コンセプトを読んでおくべきでした。

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ガラス部分は、二重になってまして、その間は1メートルくらいありそうです。その間に鉄骨のフレームや清掃用のキャットウォーク(=足場)などが入っています。よく考えたものだと思いました。外から見ると、前面ガラスの一番上部の窓が開いていました。おそらく、この二重ガラス部分が熱放出の何らかの役割を持っていると思います。次の日に見た伊東豊雄さんのぐりんぐりんも不思議と似た感じを受けたのですが、それはまた次回。

ちょうど日本のやきもの展をしていました。やきもの好きな私には最高の展示会で、始めてみました縄文式土器「把手付深鉢」、岡本太郎さんを思い出すんですよね、縄文式土器は。その迫力たるや、そのへんの?縄文式土器とは別格です。やきものめぐりはしてないのですが、桃山時代の茶器などは、すでに見た記憶があり、自分でも驚きました。各地の博物館やお城などに展示されていたのでしょうね。

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ここが一番の謎で、このすっきりとうねった建築に、この庇が・・・。どうしても何かの動物の顔に見えてしまいこまりました。この日は、用事の時間が長引いたため吉野ヶ里を次の日にまわし、一路由布院へ、初大分、楽しみです。

九州国立博物館公式ホームページ   西日本新聞 九州国博のあゆみ

真庭市のビルター 有限会社山崎建設

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2007年7月22日 (日)

尾道市立美術館

尾道市立美術館に行ってきました。建築家安藤忠雄氏の設計です

尾道市の千光寺公園の頂上近くにあります。四年ほど前にできたもので、増築です。建物を奥に古い美術館の屋根が見えますね。

横から取った写真だと分かりやすいですね。真ん中が渡り廊下のような感じで新旧が繋がっています。

増築した方は、横に長く、建物の真ん中に全体の入口があります。前面は総ガラス張り、薄い軒先がとてもシャープで、とてもきれいでした。メンテや掃除もちゃんとしています。四年もたったようには見えませんでした。

写真にちょっと裏が入ってしまいました。すみません。駐車場からゆるい坂を上がってきまして、ここが入口になります。

屋根が薄く見えますね。軒先はコンクリートではなくて、金属系でした。

けっこう木が育っていまして、塀のところから、ヌキッと出ていました。意図しているのか、やはり大きくなりすぎな気がしました。

裏に廻ると、記念碑が立っていまして、おそらく増築前からあったのでしょう。こちらも苦肉の策なのか、意図的なのか私にはわかりませんが、前の塀が目立ちすぎな感じがしました。

移転できなかったのでしょうね。

階段です、2階から取りました。先の方が実際細いです。2階が少し幅広です。気になったのは、ここの手すり、最初からあったものなのでしょうか?手すりのエンド部分の丸みが、他の建築物、そんなことになってたでしょうか?なんか、納得いかない感じで、私だけかもしれませんが・・・。打放しコンクリートはキレイでした。打ち損じも見られなかったですね。大変さかひしひしと伝わります。

この白い長イスが気に入って、座ってました。デザイン的にも気持ちよかったですし、座り心地もよかったです。ここは古い建物と新しい建物の間のつなぎ部分です。左がエントランスの外部なのですが、トップライトでけっこう暑く、ガラスが結露してました。

このエントランスのトップライトは設計当時からついていたものなのでしょうか?内側から見たトップライトの納まりが、う~ん、もともとは吹き抜けだったのではないかと思ったり、私考えすぎでしょうか?(模型の写真をみたら、トップライトになってました。)古い建物を白く白く改修してあるのですが、なんかものすごい気になります。

模型です。展望室にありました。備後水道(でしたよね)が一望のところです。模型もさすが安藤事務所という感じです。

小部屋が多いので、係員の人が大勢いらっしゃいました
企画展はけっこう大変そうです。警備も上下に1人づつ、一部は展示室の係員も兼務で、、残念ながら、絵画はさっぱりわからない私、素通りですみません。

でも、写真も撮らせていただけるし(そういう見学者も多いのでしょう)、とてもいい感じの尾道市立美術館でした。

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2007年7月16日 (月)

国宝 姫路城

今日は友人と国宝姫路城へ行ってきました。友人の知り合いであるボランティアガイドさんがお2人も一緒に廻ることになったので、色々な話が聞けて、大変楽しいものでした。

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日本で木造天守閣を最初に造らせたのは、かの有名な織田信長です。滋賀県蒲生郡安土町の「信長の館」館に、セビリア博覧会に展示した天守の上層部が展示されていますが、とてもかっこ良いスタイルの天守閣で、信長の権力の象徴でもありました。秀吉をはじめ大名達はその後こぞって天守閣を建てるようになります。岡山城は、信長の安土城に一番似ているといわれているお城ですね(現在のは復元でRC造です)

初期に立てられた天守閣は望楼(ぼうろう)型と言われ、私達がよく言う「のりが悪い」という形です。例えば、上階の柱の下階に柱が少ない、ない、外観や使い勝手重視なんですね。1596年慶長の大地震で、造ったばかりの秀吉の伏見城が倒壊するのですが、そのあたりから構造重視の層塔(そうとう)型へと移行していきます。層塔型というのは、上階から下階まで柱を通すなど、上の加重や、力を下へうまく伝えることができる「のりが良い」構造です。

姫路城は、この望楼型から層塔型へと移行していく過程で造られており、どちらの型をも併せ持つ建物といわれています。大天守を含め、4つの建物と4つの渡り廊下、計8つの国宝と、その他77の重要文化財に指定されています。

070715_0写真:中央は石垣でなく姫山の岩盤

城に行くと分かるのですが、基本的は現在の木造建築とあまりらないのですね。昔は今のような金物は無かったのですが、柱、梁、土台、根太、母屋、小屋組み、同じです。変ったのは基礎ですね、昔は礎石という石の上にのっていたのが、今はコンクリートとなり金物で固定されています。全国に新しい天守閣が復元されていますが、基礎は鉄筋コンクリート製。建物が重いですから、真ん中に巨大なコンクリートの塊を埋めたりして、耐震対策をとっていたりしますが、姫山の岩盤の上で、姫路城は400年、二度の大改修をへても尚強く、阪神大震災にもびくともせず、4/6城の日の三万人の来訪者の重さに耐えている名城です。

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ガイドさんが教えてくれたスリットです。大天守と渡り廊下の間に、スリットがあります。マンションなどでもありますね。力を伝えないようにわざと離してあります。

大きな学校や老人ホームなどで、建物と建物の間の廊下によくみるのがエキスパンジョイントといって、電車の繋ぎ目のようなジョイントがあります。建物が違ってくるとゆれ方も変ってきます。双方が影響しないように、間を空けているのです。それが、ナント400年前に建てられた姫路城にあるのです。

阪神大震災の時、もしこのスリットがなければ、大きな被害があったかもねと話しておられました。

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姫路場内にある模型、昭和の大修理の時に現場で使われていたそうです。やはり今も昔も現場事務所には模型があるんだと思いました。一番分かりやすいですよね。たくさんの柱と貫で構成されています。

2009年から姫路城大天守閣の外部の改修工事に入ります。今度は外周と屋根すべてになるそうです。46メートルを囲うのでしょうか?建築士としては、興味津々、何とかして現場を見てみたいと、今からルートを探している私です。

追記 姫路城のシックイは、全国のシックイ消費量の6割を使っているのを知りました。それも土佐漆喰の工法で塗られています。土佐漆喰というのは、高知県独特のしっくいで、はじめ黄色の土色漆喰が、年月を経て真っ白になるという漆喰なので、えーっ!とかなり驚いたら、どうやら塗り方だけ、工法だけが使用されているそうで、うっかり改修で大天守が黄色くなるのかとビックリしました。

姫路城まめ知識 姫路城の建つ姫山46m 石垣含めた天守閣の高さ46m 同じなんです

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2007年7月13日 (金)

蒜山合同庁舎

これか・・・

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蒜山に用事があったのですが、行きがけに工事現場を見つけたので、帰りに撮影。蒜山の合同庁舎です。現在瓦を葺いているようでしたが、長雨で1/3が手付かず、棟瓦もまだ乗ってないし、ふと、この間の出向現場を思い出しました。

以外にも瓦は黒(または黒系)、蒜山だから橙色かとおもったけど、落ち着いた色でした。これはプロポーザルコンペだったのですが、久世町に本籍があるという世界的建築家妹島さんが参加していた為、注目コンペでした(県内あっちこっちから問合せが私に・・・)が、岡山市内の設計事務所さんが取りました。

それにしても、自然豊かな場所です。

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