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2009年1月24日 (土)

馬路村の話

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昨日、エスパスであった、真庭いきいき農林業者のつどいに、馬路村農協 東谷組合長さんが基調講演をされるというので、聞きに行ってきました。

馬路村というと、柚子の村として有名です、ごっくん馬路村、一度は飲んだことがあると思います。私はもともと柚子は好きではありませんでしたが、すっかり柚子好きになった一本です。

4年ほど前に一度、友人につれられて馬路村に行ったことがあります。柚子を見に行ったわけではなく、千年杉を見にいきました。

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写真↑は山の中腹で、頂上付近には根と根の間に大人が入れるほどの空間がある、立派な千年杉の森があるそうです。私は体調がすぐれず貧血になってしまい、あえなく断念しました

その時の乙女山の話も東谷さんの話の中に出てきました。馬路村は林業で食べていた村だったそうです。この杉を運ぶ為に、鉄道を引いていたそうなのですが(かなり昔の話です)、廃線になったとき、すべて撤去して道にしてしまったそうなのです。あの鉄道を何故残しておかなかったのか、残しておけば、馬路村の財産になったのに、そんな話をされていました。

そう、その時はいらないと思ったものでも、今の世の中では遺産。後で思えば、あ゛~と思うことはどこの町にもあります。そういう意味では、福山市の鞆の浦もぜひ残して欲しい遺産です。

林業がすたれ、人口が減る中、農協がなんとか生き残りをかけて、柚子で勝負したのですが、「ごっくん馬路村」の発売が昭和63年、20年以上前の話です。年商1億超えるまでに約10年、その間にマーケティングをしつつ、何度も西部百貨店にイベントに行ったそうです。なかなか、ポンとは売れないというのがよくわかります。

花畑牧場の生キャラメルもそうですが、柚子汁、牛乳等、原料として売ると儲けるどころか赤字。どれだけの価値をつけて製品として売るかですが、花畑の社長田中義剛さんがタレントでなければ、10年かかったやもしれません。ヒット商品というのは、大変な苦労と時間、そしてなにより情熱が必要なのではないかと感じた講演でした。最後まで聞きたかった。

で、講演でも出てきた「柚子の森構想」で出来た工場の一つがこれかと

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↑第二工場だったかもしれません、反対側にもう一つあり、そちらを見学することになりました。たまたま柚子の収穫シーズンで、場内は柚子だらけ。軽トラで農家のみなさんが柚子を運んでくるのですが、みんな顔がニッコニコだったのが印象的でした。

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090124e柚子は捨てるところが、ほとんどないそうで、皮から身から、工場で全部分けられておりました。恐るべし馬路村と思いました。農協ですから

こんな写真もありました。柚子絞汁工場、超ダイレクトです。本当は工場を見学する予定はなかったのですが、集合時間より早く現地についてしまい、うろうろしていたら、黄色い物体がゴロンゴロンでてくる工場を見つけ、なんだこりゃとみんなで観察していたら、どうも柚子工場だと。交渉してみたら、見学コースに案内されたのでした。柚子の村に感激し、帰りの車の中には「ごっくん馬路村」がごっそりと、それ以来ポン酢まで馬路村のものです。

現在は柚子が売れて売れて、柚子足りないそうです。農家に増やしてほしいけど、それもなかなかできないので、自分で杉山を切って畑にしている作業中に、シートに足をとられて肋骨三本おったんだそうです。それが一週間前。あわや東谷さんドタキャンの危機。

東谷さん、お体ご自愛ください。馬路村にとって柚子は大切な収穫物ですが、東谷さんは馬路村に欠かせない人なのですから。

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最後に東谷組合長さんに敬意を、馬路村の柚子です。おいしそう。あれ、後ろにうつってるのは誰゛?

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